TOP Exhibition CRAY WORK 川上力三展
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川上力三の位相シリーズについて

  京都国立近代美術館主任研究員
大長 智広
 
 

 川上力三は、作陶集団マグマ、走泥社などに所属し、戦後の現代陶芸界を牽引してきた一人である。

若い頃は公害問題を取り上げ、政治や経済を風刺する作品を多々手がける「社会派」と して認識されていた。

さらに日本国内にとどまらずに、韓国の陶芸家とも密に交流するなど、現代の造形言語としての「陶芸」を介し

て国際的に様々な活動を行ってきた。

 本個展は「走泥社再考 前衛陶芸が生まれた時代」(京都国立近代美術館)の会期中に開催されるものであり、

美術館での走泥社展が1973 年までを対象とした川上の若い時期の作品を紹介しているのに対して、

こちらは川上の現在を堪能できる機会となる。

 作品構成の中心を成すのは位相シリーズ(”PHASE”story)である。

川上は特定のテーマをシリーズ化することで作品を群として提示してきたが、これは事物の多面性を多様な角度

・次元で探求することに他ならない。そもそも位相は物理学、数学、解析学などで用いられる概念である。

川上は位相をphase と訳出していることから、それは現象が繰り返される一つの周期のうちのある局面のことを

意味する物理学の用語に由来する。

 想像を膨らませるならば、繰り返される周期とは、生命の循環、あるいはある相から別の相への移行や対応

関係ともつながっていくものである。しかし、川上にとっての位相は、予定調和的な真円や安定的関係性の中に

あるものではなく、そこに楔を打ち込んだり、対応関係を維持しながらも意図的にずらしたりすることで、安定と

不安定とのはざまに生じた局面のことである。

 事実、位相シリーズの作品は、球体やリンゴなどのモチーフが、陰陽、凹凸、表裏、存在と不在、生死を思わ

せる様々な、しかも安定感を欠いた対関係におかれることで、否応なく観る者に苦悩や信仰など人々の精神世界

を想起させる。つまり、川上は若い時分には社会派としていわゆる「喧騒」の中で社会的メッセージの表出を試み

ていたのに対し、(位相シリーズは 1980 年代から制作してきたとはいえ)現在は「静寂」の中で人間性を思考・

内省しているということになる。その意味で、喧騒から静寂へと至る過程は、若さから成熟、老いへと言いかえ

られるかもしれない。しかし、それが単なる老いに留まらないことは、新たな生命の誕生により再び若い相へと

戻っていくという循環や輪廻転生のイメージもまた、人類史の中で繰り返し描かれてきたものだからである。

 こうしてみると、川上の位相シリーズとは、人間個々の生の表象にとどまらず、次の周期へと続いていく長大な

人類史の象徴だということもできるのである。