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象徴的寓意に魅惑されて

 
 

大須賀 潔

 

近・現代美術史家

2004年 ギャラリーマロニエ個展 作品集掲載文

 

 川上力三氏の彫刻的な陶芸について、ぼくはどんなふうに語ってきただろうか。以前に

 
展評を書いていた美術雑誌三彩の記事を探してみた。
 
1985年4月の個展「イスとの対話」について「背もたれの高い短い脚のイスは、実生
 
活にも使えそうな安定した作りになっていて、黒光りする質感に接していると、何か目に
 
見えない存在が座っているかのような崇高感が胸をよぎる」と書いているが、作者自身は
 
椅子を社会体制の権威を争う「座」として寓意的に制作したものなので、崇高感は的はず
 
れだったのかもしれない。
 
 1989年の紅画廊では、「壁」シリーズの「遠い窓」や「壁の音」が発表された個展だ
 
ったが、この時は「椅子に関わった一連の仕事では、哲学的な瞑想性、寓意的な象徴性な
 
ど思弁的な傾向に独自の表現個性が展開されてきた」と振り返りながら、「壁」について
 
「作品に漂う孤独感とか、絶望感とかは、まさに、現代人の内面に隠されている不安や不
 
条理の意識の心理的投影を形にしてみせたものだろう。壁にある窓は、遠く小さくて外の
 
光を充分に届けてはくれない。階段を登りつめてみても、それはどこかへの道を開いてく
 
るものではない。そうした造形の世界が、象徴性や寓意性を意図した作為を露骨にする
 
のでなければ、見る者への説得力もあろう」と書いていた。ここでも、作家自身が表現し
 
たかったのは、日常生活で様々にある人々の心の壁であった。窓は救いの暗示というから、
 
やはりまた少しすれ違って受け止めていた感じになる。
 
 さらに1990年11月の「段」シリーズの個展を「また一歩その哲学的な思索性を強め
 
たのであろうか。作品は、何か世の中の不条理なものを告発するような象徴的な雰囲気が
 
濃い。それは見ようによっては、壁から未知なるものが現れ出て、世に降りたつというロ
 
マンチックなイメージであるのかもしれないが、陶土の焼成の質感は、やはりそれには縁
 
遠い何か厳しい冷たさを持っている。土が持つ優しい温もりと訣別した象徴的寓意性の造
 
形の妙が鮮やかである」と紹介していた。
 
 しかし、川上力三氏によれば、上下に移動するための階段によって、階級や地位を象徴
 
させた人間葛藤の問題を提起した表現であり、どこにもロマンチックなイメージには結び
 
つきようがないのだった。それでも象徴されている主題から呼び起こされるイメージに物
 
語性があり、そこに文学的なロマンを感じても不思議ではないと思う。
 
 氏の作陶姿勢には、いつも社会を見つめて何かの問題意識を告発していくことが根底
 
にあった。ずっと走泥社同人として活躍してきて、そこで培われたというより、若い時代の
 
制作を知れば、その資質は生来のものだろう。20代半ばにして造形的なオブジェを作り
 
始めている。陶芸界にオブジェ焼きが現れ始めた頃にしても年齢的にはかなり早い時期
 
になる。美術館の床に作品を置いて、陶芸は台上に展示するという既成概念を壊して、周
 
囲をびっくりさせたりした。
 
 ぼく自身は、氏の陶の造形を「哲学的な瞑想性」や「寓意的象徴性」という言葉で繰り返し
 
語っていたように、それは誰もが感じる魅力の一つだろうしぼくも好きだったから、それを自
 
分の物語的なロマンチックなイメージだけで見てしまって、氏が早くから作陶にこめていた社
 
会批判、人間存在への問いかけを充分に受け止めていなかったと思う。
 
 それから今回は近年の「門」シリーズを集約した新しい作品群に出会った。作品の基調
 
にあるものは、作家自身の個性として強く凝集されていて、さらに寡黙に量感も豊かであ
 
る。門という主題性がそう導くのか、叙述的な具象性を離れ、より象徴的な寓意性を強め
 
ていて、見る人を遠い瞑想へと誘っていく。造形の中の門、それはそこを通る人間を暗示
 
する空間でもある。全体の比率ではその上の圧倒的な量感によって小さな門の空間とな
 
り、人間は微少な存在になる。「門」のシリーズは、以前にまして作品の外に広大な無限
 
の空間を感じさせる。「門」そのものは、象徴的に人により様々な意味を内包している。
 
人間は、たった一人で、また夫婦や仲間たちとそこを通り、また帰ってくる、いや帰って
 
こないのかもしれない。作家は、静かに造形として提示している。そこに人間の運命的な
 
時間性をロマンチックに想うか、怖いような孤独感を感じるかは、見る人の心に委ねられ
 
ていると思う。そういう神秘的な造形性にいつしらず魅惑されて、人は心の中で氏の
 
「門」を通っていく。

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